保温・保冷(断熱)工事
保温・保冷(断熱)工事とは何か?― エネルギーとプロセスを守る「熱の制御技術」
水筒がお湯を冷まさないように、クーラーボックスが氷を溶かさないように、産業界のあらゆる場面で「熱」を意図した通りに管理することは、生産性、安全性、そして経済性の根幹を成す課題です。保温・保冷工事とは、「熱エネルギー」の不要な移動(損失・侵入)を最小限に抑えるため、専門の断熱材を用いて設備や配管を被覆する技術の総称です。これは単なる「熱を逃がさない」作業ではなく、エネルギーコスト、製品品質、労働安全、地球環境の全てに貢献する、高度なエンジニアリング分野です。
熱移動の基本原理(なぜ断熱が必要か?)
熱は必ず「高温側から低温側へ」と移動する性質があり、その移動形態は3つあります。
伝導
Conduction
物体を介して熱が伝わる現象。(例:熱い鍋の取っ手が熱くなる)
対流
Convection
気体や液体などの流体が移動することで熱が運ばれる現象。(例:エアコンの風、お風呂のお湯がかき混ざる)
放射
Radiation / 輻射
電磁波(赤外線)として熱が空間を伝わる現象。(例:太陽の光、焚き火の暖かさ)
保温・保冷工事は、これらの「伝導」「対流」「放射」という3つの熱移動を、断熱材の特性(無数の微細な空気層、熱放射を遮る特性など)を利用して総合的にブロックする技術です。
「保温」と「保冷」の目的の違い
保温
Heat Insulation / 高温維持
- 目的
- 対象物(ボイラー、蒸気配管、熱媒油配管、製造装置など)の温度を「高温に維持する」こと。
- 課題
- 内部の熱が外部(常温)へ逃げる「放熱(Heat Loss)」を防ぐ。
- リスク
- 放熱によるエネルギーロス、プロセス温度の低下、流体の凝固(重油など)、作業員の火傷(熱傷)。
保冷
Cold Insulation / 低温維持
- 目的
- 対象物(冷水配管、ブライン配管、LNG・LPG配管、冷凍倉庫など)の温度を「低温に維持する」こと。
- 課題
- 外部(常温)の熱が内部へ侵入する「侵入熱(Heat Gain)」を防ぐ。
- リスク
- 侵入熱による冷凍機負荷の増大(エネルギーロス)、液化ガスの気化(BOG: Boil-off Gas)、そして最も重要な「結露(Condensation)」の発生。
断熱
Thermal Insulation
「断熱(Thermal Insulation)」は、これら保温・保冷を含む、熱の移動を遮断する行為全般を指す上位概念です。


産業プロセスにおける保温・保冷の絶対的必要性
エネルギーロス
むき出しの高温配管や低温機器は、絶えず熱を放出し、あるいは吸収し続けます。これは燃料や電力を24時間365日捨て続けていることに等しく、莫大なコスト損失に直結します。
プロセス温度の不安定化
化学反応や食品加工など、精密な温度管理が求められるプロセスにおいて、熱の出入りはそのまま製品品質のバラツキや歩留まりの悪化に繋がります。
安全性の欠如
高温表面(100℃を超える蒸気配管など)や極低温表面(-162℃のLNG配管など)の露出は、作業員の火傷や凍傷といった重大な労働災害の直接的な原因となります。
環境負荷
無駄なエネルギー消費は、そのままCO2排出量の増大を意味し、企業の環境負荷低減(カーボンニュートラル)の取り組みに逆行します。
保温・保冷工事の具体的な工法とキーマテリアル
保温・保冷工事は、対象物の温度帯(超高温から極低温まで)、設置場所(屋内・屋外・地中)、形状(配管・タンク・機器)に応じ、最適な断熱材と外装材(ラッキング)を組み合わせた「断熱仕様(Insulation Specification)」に基づいて施工されます。
主な工事対象と施工法
1 配管保温工事(プロセスラインの動脈・静脈)

- 対象
- 蒸気、温水、熱媒油、化学薬品、冷水、ブライン、冷媒、液化ガス(LNG/LPG/液体窒素)などが流れるパイプライン。
- 施工
- 配管の口径に合わせた円筒状の成形品(グラスウールカバー、けい酸カルシウムなど)、またはフェルト状の断熱材を巻き付け、継ぎ目を厳密に処理します。
- 重要点
- バルブ(弁)、フランジ(継手)、ストレーナー、サポート(支持金具)は、形状が複雑で「熱橋(ヒートブリッジ)」となりやすい最重要箇所です。これらは現場加工または専用の保温ボックス(着脱可能)で確実に被覆します。
2 ダクト保温工事(空調効率と防露の要)

- 対象
- 空調機から各部屋へ冷風・温風を送るための給気(SA)ダクト、および還気(RA)ダクト。
- 施工
- ボード状またはブランケット(ロール)状の断熱材(主にグラスウール)をダクトの形状に合わせて貼り付け、ピンやテープで固定します。
- 重要点
- 冷風ダクトの場合、これは「保冷」であり、同時に「防露工事」でもあります。断熱材の外側に「防湿層(Vapor Barrier)」を完璧に施工し、湿気の侵入による内部結露を防ぐことが極めて重要です。
3 タンク・槽類保温工事(大規模貯蔵の安定化)

- 対象
- 屋外・屋内に設置される大型の貯蔵タンク(石油、化学薬品、飲料、温水、LNGなど)、反応槽(リアクター)。
- 施工
- タンクの形状(円筒、球形、角形)に合わせ、断熱材(ボード状、ブランケット状、または現場発泡ウレタン)を取り付け、防水・耐候性のある金属外装材(ラッキング)で仕上げます。
- 重要点
- 屋外タンクでは、雨水の侵入を絶対に許さない「水切り(雨仕舞い)」の施工技術が、断熱性能の寿命を決定づけます。
4 機器・装置類保温工事(プラントの心臓部)

- 対象
- ボイラー本体、熱交換器、タービン、加熱炉、反応釜、ポンプなど、プラントを構成する主要機器。
- 施工
- 機器の複雑な形状に合わせ、断熱材を現場で精密に加工・充填します。点検やメンテナンス(保守)が頻繁に必要な箇所には、取り外しと再取り付けが容易な「保温ジャケット(布団、カバー)」が用いられます。
代表的な保温・保冷材料(断熱材)とその特性
繊維系(無機質) 無数の空気層で熱伝導を抑制。
- グラスウール
- 比較的安価。主に建築空調ダクト、一般配管(~300℃程度)。
- ロックウール
- グラスウールより耐熱性が高い(~600℃程度)。プラント、高温配管、耐火区画。
- セラミックファイバー(RCF/AES)
- 1000℃を超える超高温域用。加熱炉、タービンなど。
発泡樹脂系(有機質) 独立した気泡(セル)内のガスで熱伝導を抑制。
- 硬質ウレタンフォーム /
フェノールフォーム - 熱伝導率が非常に低く、最高の断熱性能を持つ。特に「保冷・防露」の分野で不可欠。
- 押出法ポリスチレンフォーム
- 耐水性・耐圧性に優れ、主に床や地中埋設管の保冷・断熱に使用。
その他(無機質)
- けい酸カルシウム
- 高温域(~1000℃)で使用。強度が高く、プラントの高温配管に多用される。
- パーライト(発泡パーライト)
- 超低温(-200℃近く)の保冷(LNGタンクなど)に粉末充填(パーライトコンクリート)として使用。
外装材(ラッキング・ジャケット)の重要な役割

断熱材は、それ自体が水に濡れたり(湿潤)、潰れたりすると、熱伝導率が急激に悪化し、性能を失います。
- 目的
- 断熱材の保護: 物理的な衝撃、圧力から守る。
- 防水・防湿: 屋外での雨水や、保冷時の湿気の侵入を防ぐ。
- 耐候性・耐薬品性: 紫外線、工場内の腐食性ガスから断熱材を守る。
- 材質
- ガルバリウム鋼板(GL)、ステンレス鋼板(SUS304/316)、アルミニウム(アルミ)、JISカラー鋼板など、環境の過酷さに応じて選定されます。
保温・保冷工事がもたらす絶大な導入メリット
適切な保温・保冷工事は、単なる「熱管理」に留まらず、企業の経営基盤を強固にする多面的なメリットをもたらします。これは「コスト(経費)」ではなく、将来にわたって利益を生み出し、リスクを回避するための「インベストメント(投資)」です。
エネルギーコストの
劇的削減(省エネルギー・経済性)
- 直接効果
- 設備や配管からの放熱・侵入熱(熱損失)を最小化することで、ボイラーの燃料消費量や冷凍機の電力消費量を直接的に大幅削減します。
- 法令遵守
- 「省エネ法(エネルギーの使用の合理化等に関する法律)」で求められるエネルギー管理基準の達成に不可欠です。(例:「熱の損失の防止」に関する判断基準)
- 投資回収
- 施工コストは、削減されるエネルギーコストによって、多くの場合数年以内(場合によっては数ヶ月)で回収(ROI)が可能です。
プロセスの安定化と
製品品質の向上(生産性)
- 温度の均一化
- 製造プロセス(反応、乾燥、溶解、殺菌など)における要求温度を精密かつ安定的に維持します。
- 品質の安定
- 温度のバラツキによる製品品質の低下、規格外品の発生を防ぎ、歩留まり(良品率)を向上させます。
- ライン停止の防止
- 流体(重油、高粘度薬品、食品原料など)が配管内で冷却され、凍結・凝固することによるライン閉塞や生産停止トラブルを未然に防ぎます。
労働安全衛生の向上(安全性・作業環境)
- 火傷(熱傷)災害の防止
- 高温配管・機器の表面温度を「安全接触温度」(一般に60℃以下)まで低下させ、作業員が誤って触れた際の熱傷リスクを根絶します。
- 凍傷災害の防止
- LNGや液体窒素などの極低温配管・機器表面への接触による凍傷事故を防ぎます。
- 作業環境の改善(サーマルコンフォート)
- 工場内への「輻射熱(ふくしゃねつ)」の放出を遮断し、特に夏場の作業エリアの室温上昇を抑制します。
- 暑熱環境(WBGT値)を改善し、熱中症リスクを低減、快適な作業環境を実現します。
設備の長寿命化と
保全コスト削減(LCC低減)
- 腐食防止
- 保冷工事における完璧な「防湿・防露」施工は、結露による配管・機器の腐食(CUI: Corrosion Under Insulation)を防止し、設備の寿命を大幅に延長します。
- 熱衝撃の緩和
- 高温・低温の急激な温度変化(ヒートショック)による配管・機器への熱応力(膨張・収縮)を緩和し、金属疲労や溶接部のクラック(亀裂)を防ぎます。
- 保全コストの削減
- 設備の延命とトラブル防止により、突発的な修繕費や交換費用、生産停止に伴う機会損失といった「ライフサイクルコスト(LCC)」を最小化します。
環境負荷の低減(CSR・SDGsへの貢献)
- CO2排出量の削減
- エネルギー消費量の削減は、そのままCO2(二酸化炭素)排出量の削減に直結します。
- 企業の社会的責任
- カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた企業の具体的な取り組み(CSR活動)として、またSDGs(特にゴール7:エネルギー、ゴール9:産業と技術革新、ゴール13:気候変動対策)への貢献として、対外的にアピール可能な重要施策となります。
